株券を発行している株式会社では、株券の交付によって株式譲渡の効力が生じます。では、もし譲渡成立に必要な株券をなくしてしまった場合、どうしたらいいのでしょう。今回は、株券をなくしてしまった場合の手続きなどについて解説します。
1 株券発行会社の株式譲渡の対抗要件
株券を発行してない会社(株券不発行会社)においては、株主名簿の名義書換えが、発行会社及び第三者に対する対抗要件となります。つまり、株主名簿の名義書換えを行うことで、発行会社に対しても、第三者に対しても、株主であることを主張できます(会社法130条)。
一方、株券を発行している株式会社(株券発行会社)においては、株主名簿の名義書換えが、発行会社に対する対抗要件になります。しかし、第三者に対しては、その株式を渡さなければ譲渡したことになりません(会社法128条、会社法130条)。
会社法128条(株券発行会社の株式の譲渡)
譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
会社法130条(株式の譲渡の対抗要件)
1 株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない。
2 株券発行会社における前項の規定の適用については、同項中「株式会社その他の第三者」とあるのは、「株式会社」とする。
したがって、株券発行会社の株主が株券をなくしてしまった場合、株式譲渡に際して、株券を再発行する必要があります。
2 株式をなくした場合の手続き
株券を喪失した者は、まず株券をなくしてしまったことを発行会社に伝え、発行会社が作る株券喪失登録簿に記載事項を記載、又は記録してもらいます。このとき、株券を喪失した者は、発行会社に
- ・株券を喪失した者の氏名又は名称
- ・株券を喪失した者の住所
- ・喪失した株券の番号
などの情報を伝えます(会社法施行規則47条2項)。
会社法223条(株券喪失登録の請求)
株券を喪失した者は、法務省令で定めるところにより、株券発行会社に対し、当該株券についての株券喪失登録簿記載事項を株券喪失登録簿に記載し、又は記録すること(以下「株券喪失登録」という。)を請求することができる。
株主から上記請求を受けた発行会社は、株券を喪失した者の氏名・名称及び住所、喪失した株券の番号などを記載(記録)した株券喪失登録簿を作成します。株券喪失登録がされた株券は、株券喪失登録日の翌日から起算して1年を経過した日に無効となり、ようやく株券が再発行されます。
これは、例えば喪失した株券を誰かが拾い、悪意・重過失のない第三者に譲渡された場合、当該第三者が、適法にその株式の権利を持っていると推定されるという株券の善意取得の主旨を踏まえたものです。善意取得の第三者が出現する可能性があるため、株券発行会社は、株券を喪失したからと言ってすぐに株券を発行することができない仕組みとなっています。
会社法131条(権利の推定等)
1 株券の占有者は、当該株券に係る株式についての権利を適法に有するものと推定する。
2 株券の交付を受けた者は、当該株券に係る株式についての権利を取得する。ただし、その者に悪意又は重大な過失があるときは、この限りでない。
3 株券喪失登録請求書への記載拒否の実例
以前、当社にご相談いただいた方の中に、株券をなくしてしまった方(以下「Aさん」とします)がいらっしゃいました。Aさんは、対象会社(同族会社)の元社長で現在は退職されている少数株主です。現社長とは、株式の売却交渉を通して、敵対的な関係になっています。
さて、株券をなくしたことに気付いたAさんは、会社法223条に基づき、会社に対して株券喪失登録請求書への記載を請求しました。
すると会社から「株券番号の特定が不十分であることから、株券喪失登録簿に記載することが出来ない。株券喪失登録請求書を返却するので、株券番号を特定してほしい」と言われ、株券喪失登録請求書を突き返えされてしまいました。
株券喪失登録には、
- ・株券を喪失した者の氏名又は名称
- ・株券を喪失した者の住所
- ・喪失した株券の番号
などを記載しなければいけませんが、わざわざ株券番号を記録しているわけもなく、当然分かりません。
仕方なく今度は、会社に対して、株主名簿の閲覧を依頼したところ、「当該株券はAさんが代表取締役であったときに発行されたものだが、株主名簿に発行した株券番号を記載することをAさんが失念したため、株券番号を特定することが出来ず、株主名簿における株券番号欄が空欄となっています」と言われてしまいました。つまり、「過去Aさんが社長だったときに、ちゃんと株主名簿を作成しなかったため、株主名簿を確認しても株券番号が分からず、株券喪失登録簿に記載することが出来ない」と言われてしまいました。
株券喪失登録簿への記載ができないと、株券の再発行手続きもできず、株券の交付もできないので、結果的に株式譲渡の効力が生じません。
個人的には、会社側の態度も、杓子定規で柔軟性に欠けるように感じますが、こうなると株式譲渡の完了には、どうしても時間がかかってしまいます。
こうならないためにも、まずは株券をなくさないことがベストですが、保管することに自信がない場合は、株券不所持の申出(会社法217条1項)を行うことも可能です。
4 まとめ
少数株主は、株式売却に際し、決して立場が強いわけではありません。立場が弱い中、当事者が、売り手、買い手、発行会社の主張のバランスを取りつつ、株式売却へのステップを固めていくことは、非常に難しいです。そのため、第三者を介して、コミュニケーションを取っていくことも、一つの選択肢ではないでしょうか。
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記事協力
幸田博人
1982年一橋大学経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、みずほ証券総合企画部長等を経て、2009年より執行役員、常務執行役員企画グループ長、国内営業部門長を経て、2016年より代表取締役副社長、2018年6月みずほ証券退任。現在は、株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所代表取締役社長、リーディング・スキル・テスト株式会社代表取締役社長、一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、京都大学経営管理大学院特別教授、SBI大学院大学経営管理研究科教授、株式会社産業革新投資機構社外取締役等を務めている。
主な著書
『プライベート・エクイティ投資の実践』中央経済社(幸田博人 編著)
『日本企業変革のためのコーポレートファイナンス講義』金融財政事情研究会(幸田博人 編著)
『オーナー経営はなぜ強いのか?』中央経済社(藤田勉/幸田博人 著)
『日本経済再生 25年の計』日本経済新聞出版社(池尾和人/幸田博人 編著)