
はじめに:少数株主の“声”はノイズか、ヒントか?
非上場企業や同族会社を経営する皆さまにとって、「少数株主」からの意見や要望は、どのように映るでしょうか。時に厄介に感じたり、現場を知らない外部の雑音だと捉えたくなることもあるかもしれません。
私たちは、非上場株式の売却支援を専門とする立場として、日々多くの少数株主の生の声に接しています。
「配当が長年出ていない」「会社が株を買い取ってくれない」「現経営陣と意思疎通ができない」──こうした声は珍しいものではありません。
その一方で、経営者側からすれば、「なぜ今さら株主が声を上げてくるのか」「うちの実情も知らずに…」と戸惑いを感じる場面もあるでしょう。
こうしたすれ違いは、会社側・株主側のいずれが悪いという話ではなく、お互いの立場や視点が異なるからこそ起こる構造的な問題です。
本稿では、そうした現場で見えてきた課題も踏まえながら、非上場企業の経営者の皆さまに向けて、少数株主との向き合い方と実務上のヒントを整理していきます。
目次
1. 少数株主の不満は、なぜ生まれるのか?
少数株主からの提案や不満が表面化する背景には、多くの場合「説明不足」「還元不足」「出口の不在」といった、経営側とのギャップが潜んでいます。
私たちはこれまで多数の少数株主と対話してきましたが、感情的に見える主張の裏には、長年積み重なった不信や不満があることが多いと感じています。
● 配当が出ない/少なすぎるという不満
「10年以上保有しているが、1円の配当も受け取っていない」「経営陣の報酬は高いのに、自分には何の還元もない」──こうした声は少数株主から頻繁に聞かれます。
経営的に内部留保を重視する意図があったとしても、その説明や対話がなければ、「自分はただの“資金提供者”として放置されている」と受け取られてしまいます。
● 情報が届かない
決算書が送られてこない、株主総会の案内がギリギリ、経営方針の説明がまったくない──。このような情報格差は、会社側が“閉じた体制”だと感じさせる要因になります。
● 株式の売却ができない
「譲渡制限があるため、会社の承認が必要です(≒外部への売却は認められません)」「今は買い取ることができません」──こうした対応だけでは、少数株主の不満は到底解消されません。
実際に私たちのもとには、「株式を手放したいのに、会社からは何の対応もない」といったご相談が数多く寄せられています。
株主にとって“出口が見えない”状況は、想像以上に大きなストレスとなっているのです。
● 経営の透明性への不信
役員報酬や社内経費の使い方、同族間での取引などについて、「私物化ではないか」と疑念を抱く株主も少なくありません。
たとえ法的には問題なくとも、外部から見て説明がつかないことは、会社への信頼を大きく損ないます。
2. それでも「耳を傾ける価値」がある理由
少数株主からの声には、ただの“雑音”とは言い切れないものもあります。私たちは実務の現場で、多くの企業が、そうした声に含まれる“会社を変えるヒント”に気づき、改善へと向かった場面を数多く見てきました。
● 外から見える「経営の盲点」
内部にいると当たり前になってしまっている慣習や意思決定も、株主の目から見れば「それっておかしくないか」と映ることがあります。
一歩引いた目線で会社を見る“社外センサー”として、少数株主の存在を捉えることができます。
● 潜在的リスクの早期発見
不満が表面化する前に耳を傾けておけば、将来的な訴訟リスクや風評被害を未然に防ぐことができます。
放置した小さな声が、後に大きなトラブルへと発展するケースを、私たちは何度も見てきました。
事業承継・資本政策の布石として
将来のM&Aや後継者への株式移転を考えるうえで、少数株主の整理や信頼関係の構築は極めて重要なプロセスです。
会社の“体質改善”として、株主対応を見直すタイミングは、むしろ今なのです。
● 企業ブランド・レピュテーションの向上
「株主の声に耳を傾ける企業」という姿勢そのものが、社外からの信頼につながります。特に地域に根差した企業であれば、株主対応はそのまま地域からの評価や信用に結びつきます。
3. 問題のある声・建設的な声の見分け方
もちろん、すべての株主の声が正当であるとは限りません。実際には、現実を無視した要求や、過度に感情的な主張が寄せられることもあります。
そこで重要なのは、「感情的な訴えと、建設的な提案とをきちんと見分ける目」を持つことです。
● 感情的・攻撃的な主張は“線を引く”
根拠が不明瞭、会社への敵意がむき出し、経営への理解がまったくない──そのような主張には、毅然とした対応が求められます。必要に応じて法的対応も視野に入れるべきです。
● 具体性があり、企業価値に結びつく意見は“拾う”
一方で、例えば「配当方針の明確化を求めたい」「定款変更で議決権を整備してほしい」といった提案は、会社のあり方そのものを見つめ直す契機になり得ます。
●「敵か味方か」ではなく「パートナーとして向き合う」
少数株主を“敵”と見なして突き放すのではなく、「企業を一緒に育てていく存在」として建設的に向き合う。
このスタンスこそが、将来にわたる株主関係の鍵を握ります。
4. 経営者側がとるべき具体的対応策
少数株主との関係を「煩わしいもの」として遠ざけるのではなく、信頼ある株主関係を築くことが、結果的に会社の安定性と成長につながる──私たちは実務の現場で、そう実感しています。
以下では、非上場企業の経営者がとれる、実務的で現実的な対応策を整理します。
● 株主総会の透明性を高める
株主総会を「通過儀礼」や「形式的なイベント」にせず、少数株主にとっても納得できる場とすることが重要です。
議案の背景や意図を丁寧に説明し、質疑応答の時間を確保することで、株主との対話のきっかけが生まれます。
● 情報提供の工夫(定期的なIR的資料)
決算書だけでなく、経営状況をかみ砕いて説明した資料や、会社の方針・取り組みを伝える「株主向けレター」なども有効です。
とくに非上場企業では、「伝えない限り、伝わらない」状況が常態化しているため、積極的な情報発信が信頼構築に直結します。
● 面談・意見聴取の機会を設ける
少数株主の人数が限られているからこそ、年に一度でも良いので、面談やヒアリングの機会を設けることで、「ちゃんと聞いてもらえた」という安心感が生まれます。
一方的な通知ではなく、双方向のコミュニケーションが求められます。
● 株主構成の見直しも視野に入れる
将来的にトラブルの芽を減らすには、株主構成の見直し(整理)も現実的な選択肢です。
会社自身が株式を買い取る方法のほか、SPC(特別目的会社)の活用や、会社の成長に資する外部株主の受け入れなど、第三者を活用した中立的な解決策も存在します。
当社でもそのような支援を行っており、株主・経営者双方が納得できるかたちでの合意形成をお手伝いしています。
5. おわりに:企業価値を高める「株主との関係性」とは
非上場企業の経営者にとって、少数株主との関係は、ときに頭を悩ませる問題かもしれません。
しかし一方で、それは会社のあり方を見直す機会でもあります。
少数株主の声に真摯に向き合い、説明し、対話を重ねる。
そのプロセスを通じて、企業は「株主に支えられている組織」であることを、社内外に示すことができます。
企業価値とは、数字だけで測れるものではありません。
株主との信頼関係もまた、長期的な成長を支える“無形資産”です。
私たちは、少数株式の売却支援を通じて、経営者と株主が互いを理解し合い、健全な関係性を築いていくためのサポートをしてきました。
そのなかで見えてきたのは、「声を聞こうとする姿勢」が、会社の未来を左右するという事実です。
ぜひ一度、今の株主関係を見直してみてください。
その一歩が、貴社の企業価値をさらに高める起点になるかもしれません。
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記事協力
幸田博人
1982年一橋大学経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、みずほ証券総合企画部長等を経て、2009年より執行役員、常務執行役員企画グループ長、国内営業部門長を経て、2016年より代表取締役副社長、2018年6月みずほ証券退任。現在は、株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所代表取締役社長、リーディング・スキル・テスト株式会社代表取締役社長、一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、京都大学経営管理大学院特別教授、SBI大学院大学経営管理研究科教授、株式会社産業革新投資機構社外取締役等を務めている。
主な著書
『プライベート・エクイティ投資の実践』中央経済社(幸田博人 編著)
『日本企業変革のためのコーポレートファイナンス講義』金融財政事情研究会(幸田博人 編著)
『オーナー経営はなぜ強いのか?』中央経済社(藤田勉/幸田博人 著)
『日本経済再生 25年の計』日本経済新聞出版社(池尾和人/幸田博人 編著)