経営に関与していない少数株主が保有株式を第三者に売却したい場合、気になるのは発行会社の財務状況です。正確な財務状況が分からなければ売り手は適正価格が分かりませんし、買い手も買い取りの検討がしにくくなります。仮に会社が不正な会計を行っていることが買い取り後に判明すれば、買い手が大きく損をする可能性もあります。そこで今回は、少数株主が会社の財務状況を正確に把握するために利用できる「会計帳簿閲覧謄写請求権」について解説します。
Contents
1 少数株主の権利保護に必要な会計帳簿閲覧謄写請求権とは
1-1 会計帳簿閲覧謄写請求権の意義
会計帳簿閲覧謄写請求権とは、会社法第433条に定められた株主の権利です。株主は「会計帳簿又はこれに関する資料」を閲覧する権利が認められています。
少数株主に保障された権利については、さまざまなものがありますが、そうした権利を適切に行使できるようにするためにも、会社の業務状況や財務状況を正確に知っておく必要があるからです。
1-2 開示対象となる資料
会社法でいうところの会計帳簿とは、まず主要簿にあたる仕訳帳と総勘定元帳簿があります。仕訳帳とは日々の取引を発生順に借方と貸方に仕分けした記帳したもので、総勘定元帳簿とは仕訳帳を転記して勘定科目ごとにすべての取引を記帳したものです。
主要簿だけでは網羅できない詳細を記帳する補助簿も閲覧が可能です。補助簿の中には現金出納帳、売上帳、仕入帳、売掛金元帳、買掛金元帳などさまざまな項目が含まれます。
「これに関する資料」については、見解が分かれるところです。一般的には伝票や領収書、売買契約書などが含まれると捉えられていますが、具体的には定義されているわけではありません。法人税の確定申告の控えが該当するかどうか、裁判で争われた事例もあります。この時は結局認められなかったのですが、認めるべきという意見も依然として有力です。
1-3 会計帳簿閲覧謄写請求権を行使できる株主と権利の行使方法
会計帳簿閲覧謄写請求権を行使できる株主の条件は、総議決権または発行済み株式の3%以上を保有する株主となります。ただし、単独の株主である必要はなく、複数株主の合計でも可能です。
実際に権利を行使する際は、閲覧目的を明示する必要があります。株式の買い取り価格を調査する目的や、経理上の疑問点を解消するため、あるいは取締役の解任請求や違法行為に対する差し止めや損害賠償の請求などに用いる資料とためとして要求することも可能です。
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2 会計帳簿閲覧謄写請求権を行使された会社の対応
2-1 正当な理由がなければ拒否できる
一方、株主側から正当な理由の明示がない場合は、会社側が会計帳簿閲覧謄写請求権の行使を拒否することもできます。
さらに、株主の権利保護や権利行使に関する調査以外の目的に使われたり、請求者が実質的に会社と競合関係にあったり、請求者から第三者に情報が漏洩する恐れがあるときなども、会社側は拒否できることになっています。
2-2 会社側が会計帳簿閲覧謄写請求権を拒否した楽天―TBSの事例
有名な事例としては、2005年から2009年にかけて進んでいた、楽天によるTBSの敵対的買収案件の中で起きた会計帳簿閲覧謄写請求権をめぐる裁判が挙げられます。
当時、楽天子会社である楽天MIはTBS株式の3%を取得していました。そこで、楽天MI側はTBSに対し、仕訳帳、総勘定元帳、現金出納帳といった、帳簿の開示を求めたのです。
しかしTBS側はこれを拒否しました。同社に対して敵対的買収を進めている楽天の子会社に帳簿を開示することによって、会社業務の追行を妨げ株主の不利益になる、会社と株主が実質的な競合関係に当たる、というのがその理由です。これらの理由がある場合は、会社は帳簿の開示を拒否できる旨が、会社法には記載されています。
そこで楽天MI側は、TBSに対して即時開示を求めて裁判所に仮処分申請を行います。しかし、東京地方裁判所は「帳簿開示を即時行わなければならない緊急性がない」として、楽天MIの申請を退けます。
楽天MI側は即時抗告を行いましたが、結局、これも認められませんでした。実際の裁判においても、裁判所は楽天MI側の訴えを棄却。最終的には親会社の楽天がTBSに対する敵対的買収をあきらめたため、楽天MIも控訴を取りやめることになりました。
3 まとめ―少数株主が持ち分売却するために会計帳簿閲覧謄写請求権は有効
少数株主として非上場株式を保有し続けることにはリスクがあるため、持分を売却するための基礎情報を得るための手段として会計帳簿閲覧謄写請求権は非常に有効です。少数株主でい続けることのリスクについては、本サイトのコラム「少数株主として非上場株式を保有するリスクとは」で別途解説しているため、そちらをご覧ください。
しかし、権利の行使においては、本コラムで述べたようにいくつかの条件をクリアする必要があり、会社側に拒否された場合には対抗手段も考えなければなりません。保有株式を上手く売却するためにも、まずは専門家に相談されることをお勧めします。
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記事協力
幸田博人
1982年一橋大学経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、みずほ証券総合企画部長等を経て、2009年より執行役員、常務執行役員企画グループ長、国内営業部門長を経て、2016年より代表取締役副社長、2018年6月みずほ証券退任。現在は、株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所代表取締役社長、リーディング・スキル・テスト株式会社代表取締役社長、一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、京都大学経営管理大学院特別教授、SBI大学院大学経営管理研究科教授、株式会社産業革新投資機構社外取締役等を務めている。
主な著書
『プライベート・エクイティ投資の実践』中央経済社(幸田博人 編著)
『日本企業変革のためのコーポレートファイナンス講義』金融財政事情研究会(幸田博人 編著)
『オーナー経営はなぜ強いのか?』中央経済社(藤田勉/幸田博人 著)
『日本経済再生 25年の計』日本経済新聞出版社(池尾和人/幸田博人 編著)