はじめに
第4回(発行会社は、なぜ「簿価で買いたい」と考えるのか)では、発行会社が「簿価で買い取りたい」と考える理由を、第5回(法人株主は、なぜ「簿価では売れない」と考えるのか)では、法人株主が「簿価では売れない」と考える理由を、それぞれの立場から見てきました。
双方の価格に対する考え方が異なれば、発行会社への売却がまとまらないでしょう。
しかし、価格が折り合わなかったことと、その株式を将来にわたって売却できないことは、同じではありません。
発行会社への売却がまとまらなかった場合にも、将来的な売却の可能性を残すためには、発行会社とのコミュニケーションを止めないことが大切です。
1. 価格が折り合わなくても、売却の道が閉ざされたわけではない
法人株主が非上場企業の少数株式を売却しようと考えた場合、まず発行会社に買取りを相談するのが一般的です。
その際、発行会社から簿価での買取りを提示され、法人株主がその価格を受け入れられなければ、そこで話し合いが止まることがあります。
しかし、それは、その時点では発行会社への売却が成立しなかったということにすぎません。
シリーズ第3回(過去の取引関係をきっかけに取得した非上場企業の少数株式は、なぜ簡単には売れないのか)で説明したように、発行会社による買取りが難しい場合には、発行会社以外の第三者へ売却できる可能性もあります。
したがって、発行会社の提示した価格を受け入れる必要はありませんが、価格が折り合わないことを理由に、その後の売却の可能性まで閉ざす必要もありません。
2. 第三者への売却にも、発行会社とのコミュニケーションが必要
非上場企業の株式には、定款によって譲渡制限が設けられていることが一般的です。第三者へ売却する場合にも、原則として発行会社の承認が必要になります。
また、買い手候補も、株主になる前に発行会社とコミュニケーションを取り、経営陣の考えや今後の経営方針などを確認したいと考えます。
発行会社と事前に対話することができなければ、買い手候補が株式の取得は難しいと判断することもあります。
つまり、発行会社は、自らが株式の買い手になる場合だけでなく、第三者への売却を進める場合にも重要な存在です。
発行会社との価格が折り合わないからといって、関係を決定的に悪化させてしまうと、その後に第三者への売却を検討することも難しくなる可能性があります。
発行会社とのコミュニケーションを維持することは、簿価での売却を受け入れることではありません。価格についての考え方が一致しない場合にも、将来、別の売却先を検討できる関係を残しておくということです。
3. まとめ
法人株主には、会社の資産である株式を売却する以上、社内で合理的に説明できる価格であることが求められます。一方、発行会社にも、自社株買いに伴う資金負担や、将来の株主構成を考慮しなければならない事情があります。
そのため、双方の価格に対する考え方が一致せず、発行会社への売却がまとまらないこともあります。しかし、それだけで売却の可能性がなくなったわけではありません。
発行会社以外の第三者への売却を検討する場合にも、発行会社の承認や、買い手候補と発行会社とのコミュニケーションが重要になります。将来的な売却の可能性を残すためにも、価格について話し合いがまとまらなかったとしても、発行会社とのコミュニケーションまで止めてしまうことは避けたいところです。
本シリーズでは、過去の取引関係を背景に保有し続けている非上場企業の少数株式について、なぜ長年保有され続けるのか、なぜ売却が難しいのか、そして発行会社と法人株主がそれぞれどのような事情を抱えているのかを見てきました。
こうした株式は、「売れない株式」ではありません。一方で、上場株式のように市場ですぐに売却できる資産でもありません。発行会社、法人株主、そして場合によっては第三者の買い手、それぞれの立場や事情を理解しながら進めることが、売却を実現するための第一歩になります。
もし、過去の取引関係をきっかけに取得した非上場企業の少数株式について、「今後も保有し続けるべきか」「売却できる可能性があるのか」と感じたときは、一度、自社の保有目的や現在の状況を整理してみることをお勧めします。
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記事協力
幸田博人
1982年一橋大学経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、みずほ証券総合企画部長等を経て、2009年より執行役員、常務執行役員企画グループ長、国内営業部門長を経て、2016年より代表取締役副社長、2018年6月みずほ証券退任。現在は、株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所代表取締役社長、リーディング・スキル・テスト株式会社代表取締役社長、一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、京都大学経営管理大学院特別教授、SBI大学院大学経営管理研究科教授、株式会社産業革新投資機構社外取締役等を務めている。
主な著書
『プライベート・エクイティ投資の実践』中央経済社(幸田博人 編著)
『日本企業変革のためのコーポレートファイナンス講義』金融財政事情研究会(幸田博人 編著)
『オーナー経営はなぜ強いのか?』中央経済社(藤田勉/幸田博人 著)
『日本経済再生 25年の計』日本経済新聞出版社(池尾和人/幸田博人 編著)

















