非上場企業の事業承継において自社株の相続税・贈与税が大きな壁となる場合があります。課税対象の財産価額は国税庁の通達(財産評価通達)に則って評価しますが、通達の内容はやや社会の実態にそぐわないところがあり、規定に素直に従って株式を評価すると莫大な税額になってしまう例が多々あるのです。
したがって、通達に従いつつも柔軟な対応を図ることが求められます。この記事では自社株の相続税評価額が過大になりやすい理由と評価額を引き下げるための方法についてわかりやすく解説していきます。
Contents
1 事業承継で自社株(非上場株式)の評価を下げることが必要な理由
国税庁の財産評価通達では3つの評価方式を用いて非上場株式を評価することになっています。3つのうち、類似業種の上場企業と比較する方式(類似業種比準方式)と時価純資産をもとにする方式(純資産価額方式)が原則的な方法とされ、配当額から算定する方法(配当還元方式)は例外的な場合(少数株主が株式を取得する場合)にのみ用いられます。
企業・株主の経済活動との対応を考えれば、株式の価値は配当(キャッシュフローの分配)の観点から評価するのが最も実情に合い、経営者としても実感を得やすいでしょう。しかし通達の立場はこれとは異なります。
通達の目的は個々の会社の実情を斟酌することではなく、大量の案件を画一的に(悪く言えば機械的に)処理することにあります。また、非上場の同族経営企業では配当額が低く抑えられていることが多いため、配当額から価額を算定することは公平性に問題があり、かといって将来的なキャッシュフローの分析から株価を決めるのは難しい(手間がかかる)、といった事情も背景にあると考えられます。
通達に沿って素直に計算すると、企業活動の実情に合わない高額な評価額が算出される事態が頻出してしまいます。納税者側としては、節税で「得をする」ことを考える以前に、実情に近い価額を算出するために自社株の引き下げを検討する必要があるのです。ただしやり過ぎると税務調査での否認につながりますし、会社の価値や財政基盤を毀損し、承継後の経営に影を落とすことにもなりかねません。バランス感覚が重要です。
2 自社株(非上場株式)の評価が大きくなる要因
事業承継では後継者が取得する自社株の評価が特に問題になり、これは類似業種比準方式か純資産価額方式(またはそれらの併用方式)で算定されることになります。
類似業種比準方式では類似業種の上場企業の株価をベースとし、利益・純資産(簿価)・配当額の3指標に応じて加減して価額を算出します。類似業種上場企業の指標と比べて自社の指標が低いほど価額が低くなります。逆に言えば、これらの指標が自社株の評価を押し上げる要因となります。
純資産価額方式では、通達に規定された方法で算出した「時価」の純資産が基準となります。配当が少なく内部留保が大きいほど、あるいは純資産の時価が簿価を上回っているほど(含み益があるほど)、評価額が上がります。
したがって、利益・純資産・配当額を圧縮することが自社株対策の基本的な方針となります。
3 自社株(非上場株式)の評価を下げる方法
自社株評価対策には組織再編を伴う方法などもありますが、ここでは否認リスクが比較的小さい基本的な手法(おもに類似業種比準方式に対し有効なもの)を紹介します。
3-1 利益・純資産を圧縮する
①現経営者への役員退職金の支給
役員退職金は一定の条件を満たせば損金として計上することができます。したがって、現経営者に高額の退職金を支給すれば類似業種比準方式による自社株評価の引き下げに効果的です。
ただし、現経営者が完全に退職するのではなく相談役などとして会社に関わり続ける場合には注意が必要です。実質的に退職したと見なせるような状態(例えば「非常勤役員や監査役であり、経営上の主要な地位を占めていない」など)でない限り、退職金とは認められません。
また、退職金の額が適正な範囲を超えて高額だと判断された場合にも損金算入は認められません。適正な退職金の額は次の「功績倍率法」で算定するのが通例です。
適正な役員退職金=最終報酬月額×在任期間×功績倍率
ただし、最終報酬月額が適正であることが前提となります。功績倍率も類似業種・類似規模の企業の水準から逸脱しないことが求められます。税務調査に対し、退職金算定方法の合理的な根拠を用意しておくことが重要です。
②役員報酬の引き上げ
役員報酬を引き上げて利益を圧縮することで類似業種比準方式の評価額を下げることができます。現経営者の役員報酬を引き上げておけば役員退職金の適正額を増やすことができ、①の方法もやりやすくなります
ただし、役員報酬が適正な範囲を超えて高額だと判断されると、適正範囲を超えた分については損金算入が認められません。また、退職金を増額するために退職間際に急に経営者の役員報酬を引き上げるようなやり方も問題視されます。
③生命保険に加入する
会社として生命保険に加入することで、解約払戻金を事業承継費用(退職金原資など)に当てるとともに、保険料を損金算入することで利益を圧縮し類似業種比準方式の評価額を下げることが可能です(ただし保険商品の種類により損金算入ができなかったり算入可能な割合が変わったりします)。
純資産価額方式では生命保険契約の財産価値は解約払戻金相当となるため、保険積立金と解約払戻金の差額(含み損)を利用して純資産を引き下げるという方法があります。
④含み損のある土地を売却し、不良債権を貸倒れとして処理する
保有資産のうち、時価が簿価を下回り含み損があるもの(購入時より相場が下がり、事業上の利用価値も乏しい土地など)を売却することで、純資産と利益をともに圧縮することができます。
また、回収の見込みのない売掛金などの不良債権を放棄し、貸倒損失として処理することにより、利益を圧縮することがでます。ただし、まだ回収の可能性があると税務当局が判断すれば債権放棄は寄付に当たることになり、損金算入の限度額が発生することに注意が必要です。
3-2 配当を少なくする
配当に関し類似業種比準方式で考慮されるのは直前期末以前2年間の配当額で、これには非経常的な配当(特別配当、記念配当など)は含まれません。したがってこの2年間の配当を大幅に削減する(またはゼロにする)ことは評価額引き下げに効果的で、外部株主(取引先など)や少数株主への配当が必要な場合は特別配当を実施することで対応できます。
4 まとめ
事業承継のための自社株評価引き下げは現状の税務行政によって強いられている面があり、避けては通れない問題です。自社株対策では承継後の事業も視野に入れつつ各社の実態に沿ったきめ細やかな対応が求められます。
評価引き下げに有効な手段は今回紹介したもの以外にも多々存在します。専門家と相談しながら自社に合った方策を立て、去る側にとっても受け継ぐ側にとっても有意義な事業承継を成就させてください。
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記事協力
幸田博人
1982年一橋大学経済学部卒。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行、みずほ証券総合企画部長等を経て、2009年より執行役員、常務執行役員企画グループ長、国内営業部門長を経て、2016年より代表取締役副社長、2018年6月みずほ証券退任。現在は、株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所代表取締役社長、リーディング・スキル・テスト株式会社代表取締役社長、一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、京都大学経営管理大学院特別教授、SBI大学院大学経営管理研究科教授、株式会社産業革新投資機構社外取締役等を務めている。
主な著書
『プライベート・エクイティ投資の実践』中央経済社(幸田博人 編著)
『日本企業変革のためのコーポレートファイナンス講義』金融財政事情研究会(幸田博人 編著)
『オーナー経営はなぜ強いのか?』中央経済社(藤田勉/幸田博人 著)
『日本経済再生 25年の計』日本経済新聞出版社(池尾和人/幸田博人 編著)